はしるし』

秋晴れの日。
飼っているたぬきをたまには連れ出してやろうと、青年は市民公園へとやってきた。

「きもちいいし！！　すっごく広いし！」
たぬきは大はしゃぎで走り回る。
もちろん、しっかりと首輪とリードはつけたままだ。

ふと、青年の耳に、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてきた。
「ん…？　あれは…」
広い公園の一角に設置された、子供向けゴーカートのコース。

しかし、青年が歩み寄ってみると、そこで走っているのはゴーカートではなかった。
「……たぬきか…？　アレは…」

たぬきの口から金属のフレームがニュッと突き出し、その先端にはタイヤが取り付けられている。
本来あるはずの手足はどこにもなく、頭の後ろ側には、座席らしきものと大きめのタイヤ2つ。
まるで三輪車だ。

「それーっ！　わーい！！」
小さな子供たちがその三輪車にまたがり、大人が歩くよりも遅いスピードでコースを走っている。

青年は興味が湧き、係員らしき人間に話しかけてみる。
「ちょっといいですか？」
「おや、たぬカーに乗車希望ですか？」
「たぬカー…？」

たぬカー。
たぬきを改造した、自走式の三輪車。
ションボリを回転力へと変換してノロノロと走る。

「へえ、初めて見ました」
「宣伝のためにここで皆さんに乗って頂いてるんです」
係員が、1台のたぬカーを引いてくる。
「…………」
口の中からフレームを伸ばすたぬカーは、何も言わない。視線も、ぼんやりと前を見ているだけだ。
「耳を握ると、前に進みます」
耳の下側に、レバーが取り付けられていた。
「スピードは最大で時速2キロです。下り坂でも安全装置が働きますから、お子さんが乗っても安心です」
「ちょっとレバー握ってみてもいいですか？」
青年がおずおず尋ねてみると、係員は困った顔をした。
「あっと……コレ、燃料切れでして」
「燃料…？」
「じゃあせっかくですし、補給するところもご覧ください」

係員が、ノズルの付いた小さなタンクを持ち上げる。
「これを、ここに…」
たぬカーのシッポを持ち上げ、そこに空いた穴…肛門に、ノズルをズブリと差し込んだ。
「……………」
たぬカーは何も言わない。ただ、挿入された瞬間に全身が大きく震えた。
「こうしてたぬミルクを注入します」
「たぬミルク？」

たぬミルク。
たぬカーの燃料。たぬきを液化して製造される。
見た目は白濁しており、たぬミルクと呼ばれている。

20秒ほどで、たぬカーがシッポを左右に振り始める。
「これで満タンです」
係員がノズルを引き抜くとき、またたぬカーが大きく震えた。
「じゃあ、レバーをゆっくり握ってみてください」

ぐい
ノロノロ……
「おお、本当に走った」
レバーを離すとすぐ停止する。青年は技術の進歩に素直に感心する。

そんな会話をしている間、足元の飼いたぬきはじっとコースの方を見つめていた。

……
「わーい！　おかーさーん！」
「あら～すごいわねー！」
満面の笑みでたぬカーに乗る子供。
足でたぬカーの後頭部をゲシゲシと蹴っている。
「………………」
やはりたぬカーは何も言わない。

「いちばんー！！」
ゴール地点にたどり着き、子供がたぬカーから飛び降りて、母親に抱きついた。
微笑ましい光景である。

……
「………ご主人！　あれ、あれやりたいし！！」
足元のたぬきが、必死な様子で青年の足に抱き着いた。
「かっこいいし！！　すごいし！！」
目をキラキラと輝かせ、ピョンピョンと跳ねる。

たぬきの脳内に浮かぶのは、颯爽とたぬカーを乗りこなす自分の姿。

だが…
「いや、オマエは無理じゃないかなぁ……」
青年は首をひねった。
「やりたいしやりたいしやりたいし！！！」
飼いたぬきにやらせてもらえるのだろうか。青年が困った顔をする。
「でもなぁ…」
「やりたいしぃいいい！！！」
引き下がりそうな様子はなかった。

「分かった分かった…」
青年はため息をつく。
「じゃあ相談してくるから。時間かかるかもしれないからベンチで待ってなさい」
そう言って、ベンチの脇の外灯にリードをくくりつけた。
たぬきの顔が、パっと明るくなる。
「わかったし！　いいこでまってるし！」


＊＊＊＊


それから15分ほど。

「ええ、お代は頂きますが、できないことはありませんので…」
「じゃあお願いします。すいませんね、変わったお願いで…」

青年は係員との相談を終え、ベンチを見る。
「たぬースピー…たぬースピ―…」
「ありゃ、寝ちゃったか」
たぬきは、だらしなく足を広げて寝息を立てていた。

「まあ、いいか」
たぬきを抱き上げ、係員が持ってきた段ボールに入れる。

「では来週に」


＊＊＊＊


「こちらです」
「おお！！」

受け取り当日。
店舗に行くと、そこにはたぬカーとなった飼いたぬきの姿があった。

「…………………」
口から飛び出したフレームはピカピカと輝き、なかなかに凛々しい姿だ。顔はションボリしている。

「あの…」
係員が、言いにくそうに切り出した。
「作業員から聞いたのですが、改造手術の麻酔をするときに、相当…その…暴れられたようで…」
青年がびっくりした顔をする。
「え！？　すいません、ご迷惑を」
「いえいえ！　ただ、我々としても珍しいことなので、本当に改造してしまって良かったのかなと…」
「ハハハ…もちろんです、こいつのお願いでやったことですから」
青年は一笑に付した。


＊＊＊＊


たぬカーは、男性の家まで運ばれてきた。

（はしるし……はしるし……げんきにはしるし……たぬミルクではしるし……）
たぬカーは、脳内で呟き続ける。

「ほら、乗ってみな」
「わーいし！！」
青年が新たに買ってきたたぬき…ペットショップの2割引が、新品のたぬカーに跨る。

（たぬミルクがなくてはしれないし……いれてし……いれてし……たぬミルクいれてし……）

「おっと、燃料入れないとな」

肛門から注ぎ込まれるたぬミルク。

（たぬミルクがはいってくるし……はいってくるし……はいってくるし……いっぱいはいってくるし……）

満タンとなったので、たぬカーはシッポを振る。

（いっぱいだし……いっぱいだし……たぬミルクでおなかいっぱいだし…）

「よし、このレバー握ってみな」
「えい！し！」

（はしるし……はしるし…………たぬミルクではしるし……）

ノロノロと、たぬカーが走り出す。

2割引たぬきの歓喜の声。
新旧のたぬきが一緒に楽しんでいる様子を、スマホで撮る青年。

素敵な光景であった。


＊＊＊＊

薄暗くなった夕方。

「またのりたいし…」
こっそりと家から抜け出してきた、2割引たぬき。
「…あったし！」
軒下にたぬカーを見つけると、そこに一生懸命よじ登り、跨った。

飼い主である青年からは、勝手に家から出ることを禁じられている。
しかしたぬカーの乗り心地に魅せられてしまった2割引は、己の欲求を止められなかった。

「いくし！」
レバーを握る2割引。

（はしるし……はしるし……たぬミルクではしるし……）

ノロノロと走り出すたぬカー。

「ぶーんし！！」

2割引がはしゃぐ。
庭を抜け、そのまま道路へと進み出る。

そこに、軽トラが通りかかった。

「し！？　ひっ
（はしるし…は

ﾊﾞﾝｯ

ｸﾞﾁｬｯ

一瞬。
跳ねられた2割引たぬきはタイヤにのっそりと轢かれ、道路の染みとなった。

たぬカーも。
頭は半分潰れ、フレームは歪み、タイヤは外れ。

車道の片隅で、ほとんど原型を留めていないたぬカーが空転していた。

（………はし…るし……はし…るし…………たぬミル…クでは…しるし……）

鼻先がヒクヒクと蠢く。

（タイヤ…ないし……はめて…し……はめ…てし……タイヤをはめ…て…し……）

破裂した肛門からたぬミルクを漏らす。

（もれ…てるし……もれて…るし………あな…をふさいでし……）

ビクンビクンと痙攣する。

残念ながら、たぬカーの耐久性はそこまで高いものではない。

徐々に痙攣も小さくなり。
意識のすべてが暗転していく。

事切れる直前、たぬカーは口からフレームを突き出したまま、初めて苦悶の表情を浮かべた。

（……やだし…）

そして、たぬカーは召された。



終わり